ギガスターのルーツを探る 第1回

ギガスターを作りたいと思う私の原体験は、35年前の半田高校2年の時に、学園祭で仲間と製作した「LEDプラネタリウム」の美しい星空です。
当時学校には、ピンホール式のプラネタリウムがあって、毎年学園祭ではそれを用いたプラネタリウムが定番だったのですが、なにせピンホール投影式プラネでは寂しいものがあり、なんとかならないかなと思っていたところ、天文雑誌に他地域の高校の製作記事が載っていたのに触発されて、製作したものです。
実は、わたしにとってこの「LED式プラネタリウム」の製作は、自分の「モノ創り」の原点だったような気がします。 現在の「ギガスター」にも通じるものがあるため、また連載でこの36年前のネタを(記憶を)ひっくり返しながら紹介したいと思います。

1.すべては、555個のLEDから始まった
天文雑誌に掲載されていた情報はシンプルで、張りぼてでドームを作り、その壁面にLEDで作った…星を取り付けてプラネタリウムにする、というものです。 さっそく構想を練って、9月の学園祭に間に合わせるように、夏休みに製作が行えるように、準備を進めました。
最初に調達したのは、星になるLEDです。実家の父親に25,000円の資金を出してもらって、名古屋の大須の電子部品屋さんに買いに行きました。 店頭のおじさんに 「LEDで星を創りたいので、白く光るLEDをください。」 と言っていました。そしたらそのおじさんに、 「何いってんのあんた、そんなのあるわけないでしょ」と言って、怒られてしまいました(^^;
みなさんご存知でしょうか?今でこそ当たり前のようにLED照明などで使われている白色LEDですが、35年前の1979年当時には、世の中には存在していなかったのです。というのは、当時は「青色LEDの実現は今世紀中には無理」と言われていました。 だから、店頭のおじさんは、先のような端にも棒にもかからないような対応をしたのだと思います。 しかし、人間と言うのはすごいですね、それから10年後、名城大学の赤﨑先生が窒化ガリウム (GaN) の結晶化技術を開発し、世界初の高輝度青色発光ダイオード(青色LED)を実現させて、現在の白色LEDの基礎を築きあげたのです。

ということで、当時存在していたLEDは、「赤」「黄」「緑」まで。「緑」よりさらに波長の短い「青」があれば、RGB合わせて白が再現できるのですが、それは無理ということで、しかたがないので、緑色のLEDを、25000円で買えるだけ購入しました。その数は、555個。当時は消費税なかったので、計算すると、1個45円ですね。袋に入れたらほんの一握りのLEDを入手して、いよいよ僕たちの青春時代の熱い夏がスタートしたのです。

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